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「仏の顔も三度」この三度はなにをされたのだろう?

これは「仏の顔も三度撫れば腹を立つ」を省略したものです。 

 

仏様はおがむもので、顔をツルツルなでたのでは失礼にきまっています。三度もなでられては、いかに温厚な仏様といえども怒り出す、という意味です。

 

なお、「仏の顔」を「地蔵の頭」という言い方もあります。

 

 

ちり鍋の「ちり」とはどういう意味?

 

これは明治に入ってからできたことばで、魚の切り身を熱湯につけると、身がちりちりっと縮むところから、こう呼ばれるようになりました。

 

明治時代に来日した外国人が、刺し身が食べられないので、刺し身を熱湯にくぐらせて、ポン酢で食したのがはじまりといわれています。

 

日本にコーヒーが入ってきたのは

コーヒーは、いまではわれわれの暮らしの中にすっかり根づいていますが、これを飲みはじめたのは一一世紀のアラビアでした。

 

ヨーロッパには、一六世紀の後半、東方に旅行した知識人が伝えました。アラビアからトルコに伝わり、「カフヴエ」という名で愛飲されていた飲み物です。

 

日本に伝わったのは、おそらく、江戸時代のころだと思われます。そのころの唯一の海外への窓口だった、オランダの商館員あたりがすすめたのではないでしょうか。

 

 

安永四年(一七七五年)、オランダ使節の主任医師として来日した力-ルービーター・ツンベルグは、日本の飲料について次のようにいっています。

 

「日本人は茶と日本酒を飲廿だけである。ぶどう酒も飲まなければ、ヨーロッパの酒造家のつくる他のうまいアルコール飲料も飲まない。(中略)二、三の通訳のみが、ようやく珈琲の味を知っているくらいのものであ巨

 

それから100年くらいたった将軍家茂のころ、やっと開国した日本へ、駐日総領事となって来日したラザフォードーオールコックは、自国へ向かっての通信の中で、次のような感想を述べています。

 「コーヒーは公使館へ来るすべての者の間で  般によく飲用された。通訳の森山はとくにコーヒーとビールの愛好者である。実際、ロ本人をしてあまねく、ヨーロッパの贅沢品の多くの消費者たらしめるには、機会が必要なだけと思う」

 

オールコックの批評は適中し、二〇年くらいたった明治二一年、上野に目本初のコーヒー店「可否茶館」が現れました。

 

現在の喫茶店のはしりです。

 

ダイエットに必要なものと酵素の関係

酵素によるダイエットとは、生命維持において必須の酵素を体内に取り入れる事で、空腹感を抑え、また体の様々な機能を活発にして痩せやすい体作りを目指すダイエット方法です。

酵素を摂取すれば、腸がスムーズに活動し始め、便秘解消にも効果的です。食事制限をするわけではないので、無理がなく、リバウンドを気にする必要もありません。

 

酵素ダイエットをすると代謝が活性化され、なかなか太らない体質になることができます。出産後にダイエットをする方も結構いるかと思いますが、授乳中の母親でも心配なく飲める酵素ドリンクも存在するので、きちんと栄養補給しながら体質を改善できるのが、酵素ダイエットの良いところだといえるでしょう。

基礎代謝が年をとるとともに低下して、痩せにくくなってきた方にオススメなのが酵素を使用したダイエットです。

 

酵素痩身法の方法は、一日の食事のうち一食を酵素ドリンクに置きかえるというものです。可能ならば夕食を置き換えると、高い効果があるでしょう。睡眠中に酵素を補い、翌日の朝スッキリとした目覚めで一日を始めることができるはずです。

ダイダイという呼び名の由来は

お正月に床の間に飾る鏡餅の上にのせるダイダイ。代表的な縁起物の一つですが、この名の起こりはダイダイのおもしろい性質に出来しています。

 

ダイダイの実は冬になると熟して黄色くなりますが、そのままとらないでおくと、四月ごろには色が変わってもとの緑色にもどります。その実をまた、そのままにしておくと、翌年の冬にはまた、黄色くなるのです。

 

こうして、実が本にある間、年々色変わりを繰り返すのです。そこで、代々色変わりを続けるという意味で「ダイダイ」という名がついたのです。

 

ダイダイは漢字では「回青樟」と書きます。ダイダイをお正月の縁起物に使うのは、その何度も「回青」を続けるところに、永遠の生命や家が絶えることなく続く姿を重ねてみたのでしょう。

 

なお、ダイダイの寿命は約三年。つまり、三度は色変わりを続けます。

 

 

 

カレーにはなぜジャガイモが入っている

カレーライスにジャガイモが入っていないと、なんとなく物足りないという人も多いと思います。

 

ご存じのように、カレーはインドを故郷とする食べ物です。

それが一八~一九世紀ごろにイギリスを経て、やがて日本にも渡ってきたのです。明治初年のことでした。

 

ただし、庶民に普及したのは、明治二〇年代の後半のことです。

 

それも当初は、「文明開化の食べ物」として、いねばファッションのように受けとめられただけで、日本人の味覚にピッタリ合ったというわけではありませんでした。

 

それに、中に入れるものも、玉ネギではなく日本ネギでした。玉ネギは、明治になってから渡来したもので、まだ普及の段階には至っていなかったのです。

 

ジャガイモも量産段階になかったこともあり、用いられませんでした。

 

その後、玉ネギやジャガイモが普及するとともに、カレ土フイスにも入れられるようになったわけです。

 

それでは、カレーライスにジャガイモを入れると、どんな効果があるのでしょうか。

 

人間の味覚は、だれしも同じではありません。ひどく辛いのが好きな人もいれば少しの辛さにもお手上げの人もいます。

 

カレーライスは、そういった好みをある程度、調節することができます。辛すぎると思った人は、まずライスとカレーを混ぜて調節します。そして、それでもまだ辛いと思ったならば、ジャガイモをスプーンでつぶせばよいのです。つぶしたジャガイモをカレーに混ぜれば、辛さが弱まります。

 

 

「カレーライスのジャガイモは形が残っていたほうがよい」というのは、このためなのです。

 

 

台風にはなぜ目があるのだろう

台風というのは、北太平洋西部で発生した熱帯低気圧のことで、この低気圧が発達して、圏内の最大風速が一七メートル以上の強い低気圧になったのを「台風」と呼んでいます。

 

この発達した熱帯低気圧は、太平洋以外にも発生し、大西洋の熱帯で発生しアメリカを襲うものを「ハリケーン」、インド洋に発生するものを「サイクロン」と呼んでいます。

台風やハリケーン、サイクロンでも、圏内の最大風速が一七メートル以下になると「熱帯低気圧」と呼んでいます。

 

 

さて、台風はその中心部に向かって、非常に強い風が渦を巻きながら吹きこんでいます。それが中心に近づくにつれて、ますます風が強くなり、そうなると、空気にはたらく遠心力も非常に強くなって、それ以上中心に入れなくなって、目ができてくるのです。

 

目のよわりには激しい上昇気流と高い積乱雲の壁がありますが、上空には下降気流があるために、雲が切れてぽっかりと青空が見えます。

 

そこで、いままで暴風雨が吹き荒れて、すさまじかったのに、急にそれがおさまって、風も弱くなり、青空がサーツと広がったりすることかあり、ヤレヤレ台風が通過したとホツとする間もなく、また荒れ模様になります。

これは、台風の目が通過したいたずらで、実際には、台風は半分しか通過しておらず、台風の目が過ぎ去ると、また暴風雨がやってくることになるからです。

 

 

ちなみに、この台風の目は、発生して間もない低緯度の熱帯地方では大きく、中緯度地方に向かって発達するにしたがって、だんだん小さくなります。

 

ところで、台風は年間平均三〇個ぐらい発生し、そのうち日本に接近したり、上陸する

のは、三、四個です。

 

このうち、L陸するのは八月が多く、大きな被害を与える台風は九月に多いことが、これまでの統計資料から分析されています。

 

流氷と氷山とはどう違うのか

一九コー年四月一四日夜、ニューファウンドランド沖を航海中の豪華客船クイクニック号は巨大な氷山と衝突し史ヒ最大の海難事故を引き起こしました。

北極海の氷山は、ときとして大西洋を南下し、航行中の船舶にとって危険な存在になります。

 

一方、根室の「流氷まつり」で知られる流水。これも船の航行を妨げるやっかいものですが、海をうすめつくした流水原はどこまでも歩いて渡っていけそうで、なんとなくロマンを感じさせます。

 

この氷山と流氷は、たんに大きさ示達うだけではありません。まったく別の種類のものなのです。

 

氷山は、海に浮かんでいても、海水が凍ったものではありません。陸地の氷河が海に押し出され、流れ出しかものです。

河の永の原料は雪ですから、氷山の氷は溶かしたら真水になります。南極の氷山をアラブの乾燥地帯まで引っ張ってきて、水資源として使おうという話かおりますが、これも氷山の氷が不純物を含まない純粋な氷だから考えられる計画なのです。

 

一方、流水は海水が直接凍ったものです。だから流氷の氷は塩分をたくさん含んでいます。

北極の氷はほとんどがこの海水が直接凍ったものです。

 

 

ちなみに、前記のタイタニック号が衝突した氷山は、カナダ北極圏のエルズメア島の氷

河から流れ出したものといわれています。

 

氷山は、海上に出ている部分の数倍の体積を海中にかくしていますから、当時最大の客船タイタニック号といえども、ひとたまりもなかったのでしょう。